Meet-Meで国立新美術館へ行く場合は、乃木坂の駅ではなく、東京メトロ六本木駅で降り、東京ミッドタウンの前を通って行くのが望ましい。折角一生懸命作ってんだからさ、、、

ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 印象派・ポスト印象派 奇跡のコレクションURL
”これを見ずに、印象派は語れない。”
会期 2011年6月8日(水)- 2011年9月5日(月)
会場 国立新美術館 企画展示室1E

 
 というわけで、申し訳ないけど僕は印象派嫌い。おねいさんが綺麗でないし、絵もわからない。でも、エドゥアール・マネは好き。

 この展覧会では、「印象派の父」と言われたエドゥアール・マネの作品も展示されている。「牡蠣」「キング・チャールズ・スパニエル犬」「オペラ座の仮面舞踏会」「鉄道」「プラム酒」etc
 エドゥアール・マネは評論家・一般市民に向けて挑発的な作品を挑戦的な態度で発表していった。そして、社会から異端、不道徳、醜悪などと、あらゆる罵声を浴びせられても反社会、反体制な作品を描き続けた。また、私生活では下品な酒屋で毎晩大騒ぎし、周りの客に片っ端から喧嘩を売り暴力を振るうDQN生活。
 誰がこんな男の作品を褒めたりするだろうか。そう、世間は現代同様DQNに厳しかった。

1865/05/13 またお前か!「草上の昼食」のマネ、懲りずに「オランピア」でまたまた大炎上。
(フランス官展ル・サロン)

世間の声
●このような絵は暴動を引き起こすおそれがある。
●かつてこれ程おぞましく非常識な絵画が展示されたことはない。女達は顔を背け、男達は悪態をつき続ける。
●この黄色い腹のオダリスクは何者か、どこから連れてこられたのかわからないオランピアを表わすこの卑しいモデルは何者か
●彼は自ら「オランピア」と名づけたこの滑稽な被造物の前に官展の入場者たちを群がらせ、殆どスキャンダルな笑いを引き起こす事に成功する。
●誰もかつて自分の目でこのような、これ以上シニックな効果をもつ見世物を見たことがない。雌のゴリラといったこのオランピア
●マネ氏のことはのことは拠っておこう。嘲笑が彼の絵を裁いたのだ
●群集は死体置場につめかけるように,マネ氏の腐敗した『オランピア』の前につめかける。これほど堕落した芸術は非難するにも値しない
●出産を間近に控えたご婦人と良家の子女はよろしく避けて通るべき作品
●如何なる観点からも説明不可能だ
●風呂上りのスペードの女王だ
●個性的でない顔
●不自然なポーズ
●申し分のない醜さ
●ベッドの上に泥だらけの足跡を付ける黒猫
●汚れたヴィーナス
●卑しく、恥知らずな作品


 オメーは絵画をねらーの目で見てんのか?と問われれば、その通り。。。。これが無ければ、僕はマネの作品を見ていないと思う。

 当時、どんなに官能的な作品であっても、神話や聖書であれば高尚な趣味だったが、画家が風刺作品として、あまり綺麗でない娼婦が挑戦的な眼差しで閲覧者を睨めば、作品も作者もモデルも好感度はがた落ち、誹謗中傷の渦に巻き込まれる。それが、マネの狙いだった。
 スキャンダル作品「草上の昼食」「オランピア」でモデルとなったのが、当時21歳のあんまり綺麗でないプロモデル、ヴィクトリーヌ・ルイーズ・ムーラン。彼女にも批判の矛先は向いたが、才女でありマネの芸術性を認めていた彼女はこの後もモデルを続ける。
 「鉄道」【URL】でも彼女はモデル(当時は29)となっており、今回の展覧会ではそんな彼女を見ることもできる。

《 ヴィクトリーヌ・ムーラン 》  1862年 by エドゥアール・マネ
 

「オペラ座の仮面舞踏会」【URL

1874年のサロンに出品されるも、あえなく落選。
 オペラ座の仮面舞踏会は顔を隠して、女性と遊ぶ貴族階級の風俗の場だったわけで、この作品でも、有名な作品をパロってパリの現代生活を赤裸々にえがいている。
 エル・グレコの「オルガス伯爵の埋葬 」【URL】のパロディとも言われており、「オルガス伯爵の埋葬 」は亡くなった伯爵オルガスのために埋葬の儀式を執り行っている年老いた聖職者とマリアが描かれていて、死者が天に迎えられるという作品。そうした神聖な絵画を、娼婦とそれに群がる貴族に換えて描いた。

 エドゥアール・マネは梅毒が原因で左足が壊疽にかかり歩行困難をきたし、切断するもその年51歳でこの世を去った。
 最晩年の傑作『フォリー=ベルジェール劇場のバー』は最後のサロン出典作でもある。



 エドゥアール・マネ、世間に嫌がらせを続け決して迎合することなく我が道を進んだ人生。
 マネが亡くなったとき、友人であるドガの言葉である。
「彼がこんなに偉大であることを、我々はつい今まで知らないでいた」